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長岡花火の意味

今日は・・・・

私の骨折記念日でございます。

 

2年前と同じお客様がお泊りでした。

まさに、そのお客様がチェックアウトされる直前に

その事件!は起きたのでした!

昨晩はひとしきり、その話題で盛り上がってしまいました。

 

’話題に出していいのかな、って思ったんだけど~’

って、ちょっとドキドキの口切りでしたね。

大丈夫です!

今となっては大いなる笑い話です。

今日はお料理を作りながらふと、

あの晩、みんなは大変だったろうなぁと、

私も遠い目になりました。

 

救急車で運ばれた長岡の赤十字病院は

8月1日から始まっている長岡まつりの

今や世界に誇る長岡花火大会の会場の目の前にあります。

仕事柄、花火を見るなんて夢空言。

でも、いつかどこかのタイミングで一度は見たいよね!なんて話していたら、

人生初の骨折、長岡花火の大きな’音’だけを経験することとなったのです。

 

入院当日は、痛くてそれどころじゃなかったけれど、

音は本当に本当にすごかった。

病院の建物が揺れ、音で心臓がバクバクするほどです。

具合の悪い人はもっと具合が悪くなっちゃうんじゃないかと思ったくらいです。

 

今や、全国からこの花火を見るためにたくさんの人が

長岡を目指します。

長岡の一年で一番熱い日です。

 

2,3日前ニュースで花火の起源や、

花火大会の意味についての話題が取り上げられていました。

それを見ていたあるじが、

’こういうことは全国ニュースでトップニュースで

取り上げてもらいたい。

なぜ長岡でこんなに大きな花火が打ち上げられているのかを知って、

初めて花火大会の意味がある’と。

 

以下、

公式サイトから抜粋します。

 

’毎年華やかに繰り広げられる長岡まつり。

その起源は長岡の歴史に刻み込まれた

もっとも痛ましい、あの夏の日に発しています。

今から72年前の昭和20年8月1日。

その夜、闇の空におびただしい黒い影。

B29大型爆撃機が来襲し、

午後10時30分から1時間40分もの間にわたって

市街地を爆撃。

旧市街地の8割が焼け野原と変貌し、

1.486名のいのちが失われました。

見渡す限りが悪夢のような惨状。

言い尽くしがたい悲しみと憤りに打ち震える人々。

そんな折、空襲から1年後の昭和21年8月1日に開催されたのが

長岡まつりの前身である’長岡復興祭’です。

この祭りによって長岡市民は心を慰められ、

励まされ、硬く手を取り合いながら

不撓不屈の精神でまちの復興に臨んだのでした。
今年も8月1日がやってきます。

空襲で亡くなられた方々への慰霊の念や

長岡復興に尽力した先人への感謝、

また恒久平和への願いをいつまでも

この長岡まつりで伝えてまいります。’

 

だから、

長岡花火を見る人は

誰しも涙するのかもしれませんね。

そのスケールももちろん感動なのでしょうけれど、

訳が分からないけど、気が付いたら涙していた、

という人が多いのです。

 

今日も明日もいいお天気で、

絶好の花火見物日和です。

 

平和への願いを込めて、

今年もいい花火をみんなで愛でられますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

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